安部譲二は岡田奈々の大ファン!若い頃から客室乗務員時代、矢野顕子との関係などまとめ

安部譲二は岡田奈々の大ファン!若い頃から客室乗務員時代、矢野顕子との関係などまとめ

2019年9月2日に安部譲二が急性肺炎で死去したと報じられました、82歳だったとのことです。安部譲二は岡田奈々の大ファンだったそうです。若い頃には暴力団とかかわりを持ち、日本航空で客室乗務員として働いていたり、経営していたジャズクラブで矢野顕子がピアノを弾いていたりなど、安部譲二には様々なエピソードがあります。安部譲二について詳しくまとめました。

安部譲二は岡田奈々の大ファン

安部譲二は岡田奈々の大ファンであるとことが知られています。安部譲二は自身の小説『塀の中の懲りない面々』の映画作品に岡田奈々に出演依頼をしています。そして念願が叶い、1987年11月21日に公開された『塀の中のプレイボール』に飛び魚ミミ役として岡田奈々が出演することになりました。

2019年6月20日号の「週刊新潮」で報じられた記事によると、1977年7月15日の早朝に岡田奈々が事務所の元社長に電話をかけ、暴漢に襲われた事を告げました。岡田奈々は両手から血を流していたとのことです。

「暴行は一切されていません。彼女が包丁を握ったので、犯人もひるんでパニックに陥ったのでしょう。犯人は奈々のケガの手当てもして行ったようです。警察は、奈々のファンじゃないかと言っていました。15歳だった奈々を私が岐阜のレコード店で見初めてスカウトしたんですが、非常にしっかりした子ですよ。それでも、事件のショックから完全に立ち直るまで、かなりの期間を要しました」

出典引用:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190623-00567346-shincho-ent

結局犯人は捕まっていません。そして清純派アイドルとしてのイメージが崩れ、岡田奈々の人気に影が落とされたのです。

噂では安部譲二が受刑中に、岡田奈々を襲ったと自慢する受刑囚の話を耳にし、その受刑囚に制裁を加えたという逸話があるようです。しかし出典元がないため、真相は明らかではありません。

安部譲二の若い頃

安部譲二の若い頃は暴力団とのかかわりが深かった時期です。私立麻布中学校に通っていた安部譲二は、安藤組大幹部の阿部錦吾の舎弟となっています。

このため高校に進学できず、父親の意向で、イギリスへの留学をすることになります。しかし帰国後に、慶應義塾高校に入学するも、再度暴力団とかかわりを持ち、暴力団構成員となります。

安部譲二の客室乗務員時代

安部譲二は日本航空で働いていた時期があります。単発エンジン小型機の操縦免許も持っているようです。

安部譲二の著書『日本怪死人列伝』は12の怪死事件について、名探偵のごとく安部譲二が推理を展開する本です。1985年8月12日に起こった日本航空123便墜落事故が登場しますが、日本航空で働いていたころの知識が生かされているのでしょう。

安部譲二と矢野顕子との関係

安部譲二は青山でジャズクラブ「ロブロイ」を経営していた時期があり、ジャズクラブでピアノを弾いていたのが高校生の頃の矢野顕子だったのです。

矢野顕子はアメリカ在住のシンガーソングライターです。アメリカ在住ということもあり、海外のアーティストとのセッションも多いです。

最近では2019年8月23日に『金曜ロードSHOW!』で放送された劇場版アニメ『崖の上のポニョ』でポニョの妹達役の声優として出演していました。

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